中央区 咲道税理士 プロローグ

 

法人税法 所得税法 会社法 思いがつまった作品です。

 

独立の志

 

 バブル景気に沸く昭和終りの時代、私は大手監査法人トーマツのトータルサービス1部に所属していました。当時の花形である株式公開と監査業務に、現場責任者として日々忙殺されていました。

 

 株式公開を希望する会社には、まず最初に予備調査を行い、公開会社として投資家に安心して投資して貰えるような会社になるための指導を行います。

 

 予備調査を行うと、優良であったはずの会社が、ほとんど例外なく赤字になり、債務超過に転落していました。顧問税理士はいましたが、公開基準をクリアできるのは、ほんの一握りにすぎなかったのです。今でもその状況は変わっていないと思います。

 

 最初は、この現実にあまり疑問を感じることなく、業務を淡々とこなしていました。しかし、ある時気づいたのです。

 

 黒字の会社が赤字になり債務超過に転落するということは、会社は今まで本来払う必要のない無駄な税金を払っていること。自分の関与先だけでなく、世の中の多くの会社で無駄な税金の支払いが行われていること。それは計り知れない額だろう。 

 

 この事実に気づいたとき、私はいても立ってもいられなくなりました。

 

 監査法人で身に付けさせて頂いた知識を、税理士として中小企業に伝えたい。

 

 平成5年に長女が生まれ、毎日顔を見ながらそのことばかり考えていました。そして遂に周囲の反対を押し切って、退職を決意しました。その年の秋は、すでにバブル景気は終りを告げており、顧問先様も0件で開拓できる当てもなく、当時28歳の本当に厳しい独立だったことを覚えています。

 

 先輩から「こんな不景気に独立しても食えないぞ」と、たびたびアドバイスを頂戴しました。強がって「大丈夫ですよ」とは言うものの、「自分を信じて、志を強く持って、歩んでいくしかない」と繰り返し念じている自分がいました。

 

税理士の原点

 

 独立の翌年、平成6年春のある日、「今、国税局の方がいらしているのよ」、母から電話がありました。

 

 山梨県北杜市高根町にある実家は、青果業を営んでいました。実家の税務申告は、地元の税理士にお願いしており、私は関与していませんでした。

 

 税務調査に来たのは、第二の査察と呼ばれる国税局資料調査課、通称「料調」と呼ばれる人達でした。本来適正に申告納税していれば、来る必要のない人達です。父と顧問税理士を詰問した結果、多くの問題のある処理を行っていることが、分かりました。

 

 地元の税理士では手に負えず、父も体調が思わしくなかったため仕方なく、私が調査官との交渉をすべて行うことになりました。

 

 調査官がいくら厳しくても、租税法律主義に基づいて課税は行われます。調査官から指摘されることが、必ずしも事実に即していないもの、法律上の解釈又は運用が適正に行われないもの、納税者の権利として認められる可能性があるものなどを、是々非々で対応する毎日が続きました。

 

 当時27歳の弟は、実家を専従で手伝っており、給与として毎月30万円支払っていました。弟は、両親と一緒に暮らしていましたが、すでに社会人として成人していました。

 

 所得税法では、白色申告の場合は、生計一の専従者の給与は、年47万円しか経費として認められません。すでに社会人として独立している弟でしたが、両親と同居していたため、専従者として年47万円しか経費として認められないと調査官から指摘されました。

 

 弟は社会人として立派に独立していること、年47万円の給与では生活が出来ず不合理であることを主張し、認めてくれるようお願いしました。

 

 しかし調査官は、その不合理性について理解を示したものの、「法律できまっていますので」と、本当に申し訳なさそうな顔をしながら帰っていきました。

 

 法は権利の上に眠るものを保護せず。

 

 本来、青色申告を行い、青色事業専従者給与として税務署に届出を事前に行えば、認められていたはずの経費です。我々の業界では、基本中の基本です。

 

 調査官の申し訳なさそうな顔と、こんな当たり前の基本ができていない悔しい思いを、今でも忘れることができません。

 

 長く厳しい交渉を繰り返す中、父との信頼関係も深まり、さらに調査官とも一種の信頼関係ができ、半年後の秋には、お互い納得できる適正な申告と納税をすることが、やっとできました。

 

 事業は、社会的な信用を高めることと、節税を尽くして適正な税務申告と納税を行うために、翌年の平成7年から株式会社として再スタートし、現在に至っています。

 

 法人化してから10年以上経ちますが、その後、税務調査は一度も来ていません。 

 

長い旅の始まりです。 山田 咲道

 

法人税法・所得税法・会社法 税法令条文検索ソフト TAX Navigator

 

 実家の厳しい税務調査が続く、平成6年初夏、同じ志を持った仲間達とプロ税理士開業塾という勉強会を始めました。

 

 プロ税理士開業塾は、多くの公認会計士と税理士に参加して頂き、独立の苦労を分かち合い、励まし合いながら、切磋琢磨していました。

 

 その成果として、平成8年春から2年の開発期間とメンバーの涙と努力の結晶により、TAX Navigatorを遂に完成させ、関係会社の有限会社ベンチャー税理士研究会から発売しました。

 

 税法の一流文献の目次と、措置法まで網羅した業界最高峰のデータベースとして、今では多くの公認会計士や税理士だけでなく、上場会社にも利用して頂いています。

 

 多くの人の援助により、若さゆえの無謀な試みを、立派な作品として世の中に送り出せたことを、心から感謝しています。

 

会社経営とは 戦う経営ブログ 社長の道!『仕事の徒然草』

 

 独立から8年経過した平成13年には、顧問先様は40件ほどになりました。

 

 何もないところから生き残っていくために、日々深く反省し、必死で考え実践し、失敗と成功を繰り返し、監査法人で身に付けさせて頂いた知識をさらに洗練し、自分なりの経営理論を作り、顧問先様に一所懸命、お伝えしていました。

 

 その量は膨大で、また状況に対応してお伝えする内容も変化するために、必ずしも汎用化されていませんでした。また文字として残しておらず、お伝えした人には残りますが、広く一般の人が利用することは、できませんでした。

 

 このままでは、大切なノウハウが消えてしまう。

 

 正しい知識を深め、それを広く世間に伝えて、社会に貢献することが、独立の志です。そのためには、後々誰が見ても分かるような文章で残さなければ、なりません。

 

 その年の秋から毎週1〜2本のペースで、自分の知識をメールマガジンで配信して、ブログとして残していくことにしました。これが社長の道!『仕事の徒然草』です。

 

 私の一生の修業です。

 

経費削減の殿堂 スーパーコストダウンドットインフォ

 

 世の中の8割以上の会社が赤字である、という現実があります。

 

 赤字会社は法人税を納める必要がなく、税理士としての力を発揮できる場面が少ないことに、いつも物足りなさを感じていました。 

 

 節税だけではなく、経費削減のお手伝いもできるのではないか。  

 

 税金は経費の一項目で、全体の数%に過ぎません。人件費、設備費、販売費その他の管理費などの方がはるかに多いのです。

 

 顧問先様だけでなく、不況に喘ぐ多くの中小企業を助けることができるかも知れない。社長の道!『仕事の徒然草』の執筆を始めてまもない頃、新たな気づきが生まれました。

 

 それから2年の開発期間をかけ、仲間達の協力を得て、経費削減・コストダウン・コスト削減の理論とアイデアを結集したポータルサイト、経費削減の殿堂 スーパーコストダウンドットインフォを、関係会社の株式会社エースコンサルティングで立ち上げました。

 

 すでに独立から10年経過し、平成15年になっており、顧問先様は60件ほどでした。

 

 集めたノウハウを、顧問先様にお伝えすることにより、利益を出して貰えることが、日々の仕事の大きな喜びになりました。

 

 サイトを通して出会いが生まれ、コストダウンコンサルティングにより赤字に苦しむ会社を助けることができる様にもなり、また少し成長することができました。

 

山田 咲道 大切な人のため、戦って参ります。

 

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