中央区 咲道税理士 エース会計事務所 社訓その3 まず労力を譲る。

 

 川久保民次郎という者があった。翁の親せきであるが、貧しくて翁の下男をしていた。それが国に帰るためいとまごいをした。そのとき翁はいわれた。空腹のときに、よそへ行って、飯を食わして下さい、そうしたら庭を掃きましょう、といっても、決して一飯をふるまう者があるはずはない。空腹をこらえてまず庭を掃いたら、あるいは一飯にありつくこともあるだろう。これが、おのれを捨てて人に従う道であって、百方手段が尽きはてた時でも、行れれうる道なのだ。
 私が若いころ、初めて家を持ったときに、一枚のくわが破損してしまった。隣の家に行ってくわを貸して下さいといったら、隣のじいさんは、今この畑を耕して菜をまこうとするところだ、まき終らねば貸してやれない、という。私は家に帰っても別にする仕事がないから、私がその畑を耕してあげましょうといって耕して、それから菜の種をお出しなさい、ついでにまいてあげましょうといって、耕した上にまいて、その上でくわを借りたことがある。そうしたら隣のじいさんは、くわにかぎらず何でもさしつかえの事があったら、遠慮なくいって下され、必ず用だてましょう、といったことがあった。こんなふうにすれば、百事さしつかえのないものだ。そなたが国に帰って、新しく一家を持ったときは、必ずこの心得でやるがよい。
 そなたはまだ元気盛りだ。ひと晩ぢゅう寝なくても障りはあるまい。毎晩寝るひまをさいて、精を出してわらじ一足でも二足でも作る。そうしてあくる日開墾地に持って行って、わらじの切れた人、破れた人にやる。受け取って礼をいわれなくても、もともと寝るひまに作ったものだから、寝た分と思えばよい。礼をいう人があれば、それだけの徳だ。もし一銭半銭を礼にくれる者があれば、これまたそれだけの徳だ。よくこの道理を感銘して、連日怠らなければ、一家確立の志の貫かれぬ筋合いはない。何事でも成就しないはずはない。私が幼少の時の努力は、これ以外になかったのだ。肝に銘じて、忘れるでない。

 

 (二宮尊徳翁)(現代版報徳全書 No8.訳注 二宮翁夜話(上)〔131〕

 

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